
監修にあたって
近年、「日本美術ブーム」ともいうべき状況が続いています。かつては、西洋美術に比べて人気がなかった日本美術。しかし、世紀の変わり目あたりから状況は徐々に変わってきました。そんな「日本美術ブーム」を牽引してきたのは、間違いなく江戸時代の画家、伊藤若冲(1716~1800)です。2000年に京都国立博物館で開催された「没後200年 特別展 若冲」をきっかけとして、空前の「若冲ブーム」が巻き起こり、2016年に東京都美術館で開催された「生誕300年記念 若冲」展には、なんと46万人もの観客が詰めかけたのです。しかし、そんな若冲も、2000年以前には一般の人々にとっては日本美術の「知られざる鉱脈」でした。
2000年代以降、有名な作品が数多く展示されるような日本美術の展覧会には、何十万人もが詰めかけるようになりました。コロナ禍が終息した今後、日本美術に対する注目度はますます高まっていき、国宝、重要文化財などを多数展示する展覧会が続々と企画されています。しかし、この「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」は、すでによく知られた作品を呼び物として企画するものではありません。これまでほとんど注目されていないもの、一部の研究者は熱心に研究しているものの、一般の方々にはほとんど知られていないものなど、「知られざる鉱脈」としての日本美術を、多くの人々に観ていただきたいという思いで企画した展覧会です。
縄文から現代まで、出品作の時代、ジャンルは多岐に及びます。たとえば、縄文土器。ようやく1990年代からいくつかが国宝指定されましたが、ほかにも指定されるべき作品はたくさんあります。室町時代の絵画にも、一般には知られていないものの、きわめて個性的で魅力的な作品があります。そして、江戸時代の絵画は、若冲をはじめとする「奇想の画家」の発掘はずいぶん進みましたが、それでもまだほとんど知名度がない素晴らしい作品が多数あります。さらに、明治時代以降の絵画、工芸には、「知られざる鉱脈」がたくさん眠っています。
その鉱脈を掘り起こし、多くの方に見ていただき、観客の方々がご自分の眼で「未来の国宝」を探していただきたいという思いで、この展覧会を企画しました。大阪・関西万博が開催される2025年。その機会に、さらに多くの人々に日本美術の魅力を発信したいと考えています。
山下裕二(本展監修者、明治学院大学教授)
若冲ら奇想の画家
今世紀に入るまで、かつては一般の人々にとって「知られざる鉱脈」であった若冲。いまでは日本美術ブームを牽引する作家となりました。展示の序章として日本美術のスーパースターとなった若冲、蕭白、芦雪ら奇想の画家の作品を紹介します。
若冲、応挙 初の合作新発見
伊藤若冲「竹鶏図屏風」
寛政2(1790)年以前 二曲一隻 紙本金地墨画
円山応挙「梅鯉図屏風」
天明7(1787)年 二曲一隻 紙本金地墨画
これまでまったく類例がない、伊藤若冲と円山応挙がそれぞれ一隻ずつを手がけた二曲一双屏風です。若冲は竹に鶏、応挙は梅に鯉を金地に水墨で描き、いずれも画家がもっとも得意とした画題。しかも、金箔の質もまったく同一です。おそらく、発注者が金屏風を仕立て、若冲と応挙にそれぞれ画題を指定して依頼したのだろうと思われます。
極彩色の武士vs妖怪
伝岩佐又兵衛「妖怪退治図屏風」
江戸時代(17世紀) 八曲一隻 紙本着色
近年の新発見作。画面右側のユーモラスな妖怪軍が武士たちに退治される様が極彩色で描かれています。
若冲 幻のモザイク屏風を復元
伊藤若冲「釈迦十六羅漢図屏風」
デジタル推定復元 2024年 八曲一隻 TOPPAN株式会社制作
戦災によって焼失したと思われ、現在では小さな白黒図版のみが残る屏風。最新のデジタル技術と学術的知見の融合で復元されました。
室町水墨画
現存作品はわずか10点ほど。明兆の弟子で朝鮮に渡ったことは知られますが、伝記はほとんどわからない霊彩。伝記や生没年すら謎に包まれた謎の絵師・式部輝忠など、極めてシャープな筆致でセンスが際立つエキセントリックな造形感覚の室町時代の絵師たちを紹介します。
ヒリヒリするような神経質な線描
雪村周継「瀟湘八景図帖」より「山市晴嵐」
室町時代(16世紀) 画帖8面のうち1面 紙本墨画 福島県立博物館
雪村は16世紀、戦国時代に関東で活動した画僧で、常陸の戦国大名・佐竹氏の息子として生まれながら、家督を継ぐことなく画僧として生涯を貫きました。極端にねじ曲げられた樹木や神経質な線描。中国の名勝・瀟湘八景を描いた8図が貼り込まれた雪村最初期の画帖です
重要文化財 式部輝忠「巖樹遊猿図」
室町時代(16世紀) 六曲一双 紙本墨画 京都国立博物館
南宋時代の画僧・牧谿にならった柔らかみのある筆遣いで描かれた16世紀の画家・式部輝忠による屏風作品。水面の月を取ろうとしたり、エビを捕まえようとしたりする擬人化された可愛らしい表情の猿たちが画面に広がります。
素朴絵
15~16世紀、世界的にもいち早くイノセントな幼稚美を愛でた日本。素朴絵はその日本の美術史が生んだ魅力的なオリジナリティの表現のひとつです。
「築島物語絵巻」
室町時代(16世紀) 巻子(二巻) 紙本着色 日本民藝館
平清盛が新都福原の沖に築港する際、工事がはかどらないため30人の人柱を立てることになります。その時、清盛の侍童松王が一人身代わりになり海に沈み、築島(人工島)は完成したという伝説が上下二巻にわたり描かれた絵巻です。
幕末・明治
陰影表現など西洋画からの影響が未消化であるがゆえにかえって不思議な魅力ある絵画、また近年再評価が進む超絶技巧による工芸を紹介します。
狩野一信「五百羅漢図 第22幅 六道・地獄」
江戸時代(19世紀) 一幅 絹本着色 増上寺
長らく芝の増上寺に秘蔵されてきた100幅から成る五百羅漢図。伝統的な羅漢図を踏まえながらも、北斎や国芳らの劇的な描写に感化された作品。大蛇や猛獣の口から吹き出される地獄の炎を、楓の団扇を持った羅漢が 巻き起こす風で消し飛ばそうとしています。
大正から昭和
不染鉄、牧島如鳩など、近代絵画史において他に類例のないユニークな表現で注目を集めつつある作家を紹介します。
キリスト教伝教者が描く仏画
牧島如鳩「魚籃観音像」
昭和27(1952)年 油彩、カンヴァス 足利市民文化財団
ハリストス正教会の伝教者として聖像を描くイコン画家だった如鳩。その後深く仏教にも帰依し最終的には神も仏もひとつであるという立場に至りました。福島県の小名浜の大漁祈願のために描かれた神仏共存の大作。福島県いわき市の小名浜漁協所蔵でしたが、東日本大震災の2年前に足利市立美術館へ寄託され難を逃れました。
縄文土器そして現代美術へ
先史時代に世界中でつくられた土器の中でも、造形のバリエーションの豊かさが傑出する縄文土器。展覧会のフィナーレは 情熱ほとばしる火焔型土器とは異なる、縄文独特のうねるようなモチーフをリズミカルかつエレガントに調和させた表現の縄文土器を紹介します。一万年以上続いた縄文時代を一括りにすることで見落としがちな造形の多様性を検証します。
重要文化財「人体文様付有孔鍔付土器」
鋳物師屋遺跡出土 山梨・南アルプス市教育委員会(南アルプス市ふるさと文化伝承館)
3本指でピースサインをし踊っているかのようなポーズの土偶がレリーフ状に貼り付いた縄文土器。