
第一章 若冲ら奇想の画家たち
今世紀に入るまで、かつては一般の人々にとって「知られざる鉱脈」であった若冲。いまでは日本美術ブームを牽引する作家となりました。展示の序章として日本美術のスーパースターとなった若冲、蕭白、芦雪ら奇想の画家の作品を紹介します。
若冲、応挙 初の合作新発見
伊藤若冲「竹鶏図屏風」
寛政2(1790)年以前 二曲一隻
円山応挙「梅鯉図屏風」
天明7(1787)年 二曲一隻
これまでまったく類例がない、伊藤若冲と円山応挙がそれぞれ一隻ずつを手がけた二曲一双屏風です。若冲は竹に鶏、応挙は梅に鯉を金地に水墨で描き、いずれも画家がもっとも得意とした画題。しかも、金箔の質もまったく同一です。おそらく、発注者が金屏風を仕立て、若冲と応挙にそれぞれ画題を指定して依頼したのだろうと思われます。
極彩色の武士vs妖怪
伝岩佐又兵衛「妖怪退治図屏風」
江戸時代(17世紀) 八曲一隻
近年の新発見作。画面右側のユーモラスな妖怪軍が武士たちに退治される様が極彩色で描かれています。
若冲 幻のモザイク屏風を復元
伊藤若冲「釈迦十六羅漢図屏風」
デジタル推定復元 2024年 八曲一隻 TOPPAN株式会社
戦災によって焼失したと思われ、現在では小さな白黒図版のみが残る屏風。最新のデジタル技術と学術的知見の融合で復元されました。
ワンコ大集合
長沢芦雪「菊花子犬図」
江戸時代(18世紀) 一幅
菊花の周囲で9匹の子犬が、ひとかたまりになり戯れる様子が描かれています。さまざまな姿勢の子犬を配することで画面に動きが生まれ、無邪気な姿を楽しめる人気の画題です。白い犬は墨線による簡素な輪郭線、色のついた犬は輪郭線をほとんど用いずに毛描きの描法を用いるなど、異なる技法によりその毛並みや動きを的確に表現しています。
第二章 室町水墨画の精華
現存作品はわずか10点ほど。明兆の弟子で朝鮮に渡ったことは知られますが、伝記はほとんどわからない霊彩。伝記や生没年すら謎に包まれた謎の絵師・式部輝忠など、極めてシャープな筆致でセンスが際立つエキセントリックな造形感覚の室町時代の絵師たちを紹介します。
ヒリヒリするような神経質な線描
福島県指定文化財 雪村周継「瀟湘八景図帖」より「山市晴嵐」
室町時代(16世紀) 画帖8面のうち1面 福島県立博物館 ※場面替えあり
雪村は16世紀、戦国時代に関東で活動した画僧で、常陸の戦国大名・佐竹氏の息子として生まれながら、家督を継ぐことなく画僧として生涯を貫きました。極端にねじ曲げられた樹木や神経質な線描。中国の名勝・瀟湘八景を描いた8図が貼り込まれた雪村最初期の画帖です
重要文化財 式部輝忠「巖樹遊猿図屏風」
室町時代(16世紀) 六曲一双 京都国立博物館 *展示期間:7月29日から8月31日まで
南宋時代の画僧・牧谿にならった柔らかみのある筆遣いで描かれた16世紀の画家・式部輝忠による屏風作品。水面の月を取ろうとしたり、エビを捕まえようとしたりする擬人化された可愛らしい表情の猿たちが画面に広がります。
第三章 素朴絵と禅画
15~16世紀、世界的にもいち早くイノセントな幼稚美を愛でた日本。素朴絵はその日本の美術史が生んだ魅力的なオリジナリティの表現のひとつです。また、江戸時代の禅僧、白隠慧鶴の禅画も展示します。まったくの独学で、いま確認できるだけでも1万点以上の書画を遺した白隠。その素人であるがゆえの破天荒な作品は、蕭白や芦雪などの「奇想の画家」たちに影響を与えました。
「築島物語絵巻」(部分)
室町時代(16世紀) 巻子(二巻) 日本民藝館 *場面替えあり
平清盛が新都福原の沖に築港する際、工事がはかどらないため30人の人柱を立てることになります。その時、清盛の侍童松王が一人身代わりになり海に沈み、築島(人工島)は完成したという伝説が上下二巻にわたり描かれた絵巻です。
達磨は白隠さんの自画像か
白隠慧鶴「大達磨」
江戸時代(18世紀) 一幅 大阪中之島美術館
禅宗の初祖である達磨像は、白隠がもっとも多くの作品を手がけた画題です。眼光鋭くぎょろりと見開いた大きな目、激しく波打つ眉、豪快に生えた髭。70歳代半ばの作品と思われます。上には「自分の心を見つめて、自身がすでに仏であることに気づきなさい」という意味の賛が書かれています。
第四章 歴史を描く
明治から大正にかけて、日本画でも洋画でも、壮大なスケールの歴史画、また意表を突くような歴史画が産み出されました。日本の古代神話を油絵で描いた原田直次郎や旧約聖書の物語を日本画で描いた落合朗風など、日本画と洋画が、歴史画というジャンルにおいてねじれながら交錯するさまを紹介します。
このワンコ、まったく意味不明
原田直次郎「素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿」
明治28年(1895)頃 岡山県立美術館
関東大震災で焼失した明治28年(1895)発表の《素尊斬蛇》の画稿とされています。この画稿では同じく大蛇に立ち向かうスサノオノミコトが描かれますが、唐突にキャンバスを突き破って顔を覗かせる犬の姿が。どのような意味でこのだまし絵的な手法がとられたのかは分かりませんが、きょとんとした顔つきの犬が意表を突きます。
油絵による古代神話
高橋由一「日本武尊」
東京藝術大学
『古事記』に記されたヤマトタケルの草薙の剣と火打石のエピソードを絵画化したものです。劇的なポーズで描かれたヤマトタケルは、時が止まり静止したように見えます。明治10年代後半になると国粋主義によって洋画排斥の機運が高まり、晩年の由一は歴史や神話をモティーフとした作品を手掛けました。
第五章 茶の空間
本章では、「もっとも重い茶室」と、「もっとも軽い茶室」、そして、千利休が長次郎に焼かせた黒楽茶碗「俊寛」を展示します。世界ではじめて「コンセプチュアルアート」を実現した人ともいえる利休。その利休の企みに感応した加藤智大と山口晃という21世紀の2人の現代美術作家の企みを紹介します。
手の隙間の造形
重要文化財 長次郎「黒楽茶碗 銘 俊寛」
桃山時代(16世紀) 三井記念美術館
本作は長次郎の黒楽茶碗のなかでも、腰の張った半筒茶碗の代表作。各所に削りの作意があり、極限まで薄く削り込まれていて、釉も滑らかに溶けています。銘の「俊寛」は、『平家物語』に見える鬼界が島に一人残された流人俊寛僧都になぞらえて付けられたと伝わっています。利休の薩摩の門人が長次郎の茶碗を所望したため三碗を送ったところ、門人はこの茶碗を手元に残し他の二碗を送り返してきました。このエピソードが俊寛の物語を想起させたのです。
もっとも重い茶室
加藤智大「鉄茶室徹亭」
2013年
鉄を素材として、現代社会の「境界」を探る作品を制作する加藤智大。本作は、茶室すべてを鉄で再現した組み立て式茶室。安価で錆びやすい鉄を用いることで、豊臣秀吉がつくらせた「黄金の茶室」と対照的な美意識を体現しています。茶道具やさらに掛軸や茶花までも、何から何まですべて鉄を用いています。
もっとも軽い茶室
山口晃「携行折畳式喫 茶室」
2002年
トタンの波板やベニヤ板などの安価な素材をあえて用いて組み立てられた茶室。「もし千利休が現代に生きていて、急ごしらえで茶室を作ったら」という発想のもと制作されました。バラックのような造りと手に入りやすい素材の使用は、茶室が持つ即席性と通じています。
第六章 江戸幕末から近代へ
狩野一信や不染鉄、牧島如鳩など、他に類例のないユニークな表現で注目を集めつつある作家を選りすぐって紹介します。さらに、ここ20年ほどの間に急速に再評価の機運が高まった明治工芸の数々も多数展示します。
キリスト教伝教者が描く仏画
牧島如鳩「魚籃観音像」
昭和27(1952)年 足利市民文化財団
ハリストス正教会の伝教者として聖像を描くイコン画家だった如鳩。その後深く仏教にも帰依し最終的には神も仏もひとつであるという立場に至りました。福島県の小名浜の大漁祈願のために描かれた神仏共存の大作。福島県いわき市の小名浜漁協所蔵でしたが、東日本大震災の2年前に足利市立美術館へ寄託され難を逃れました。
羅漢さんの超能力!
港区有形文化財 狩野一信「五百羅漢図 第22幅 六道・地獄」
嘉永7年(1854)– 文久3年(1863) 一幅 大本山 増上寺
長らく芝の増上寺に秘蔵されてきた100幅から成る五百羅漢図。伝統的な羅漢図を踏まえながらも、北斎や国芳らの劇的な描写に感化された作品。大蛇や猛獣の口から吹き出される地獄の炎を、楓の団扇を持った羅漢が 巻き起こす風で消し飛ばそうとしています。
生人形、近年アメリカから凱旋帰国
安本亀八「相撲生人形」
明治23年(1890) 熊本市現代美術館
『日本書紀』に記された相撲の始祖である野見宿禰と当麻蹴速による御前試合が題材の生人形。筋肉のたくましさと、緊迫した表情が強調されています。見世物興業における360度全方位からの鑑賞を目的として制作されており、両者の肢体が複雑に絡み合い一体化しています。
なぜか富士山の背景に日本海が・・・
不染 鉄「山海図絵(伊豆の追憶)」
大正14年(1925) 公益財団法人 木下美術館
太平洋側の伊豆の海から、雪を冠した富士山を越え、雪が積もった日本海側の港町までを俯瞰的に捉え、実際には同時に見ることができないパノラマ的な情景が広がっています。鳥瞰図と細密画の要素をあわせもった独創的な世界を作り上げることに成功した作品。
第七章 縄文の造形、そして現代美術へ
先史時代に世界中でつくられた土器の中でも、造形のバリエーションの豊かさが傑出する縄文土器。展覧会のフィナーレは情熱ほとばしる火焔型土器とは異なる、縄文独特のうねるようなモチーフをリズミカルかつエレガントに調和させた表現の縄文土器をご覧いただきます。そして、縄文の造形にインスパイアされた現代作家による作品をご紹介します。
かわいい子がピース
重要文化財 日本遺産「人体文様付有孔鍔付土器」
鋳物師屋遺跡出土 縄文時代中期中葉 南アルプス市教育委員会・ふるさと文化伝承館
3本指でピースサインをし踊っているかのようなポーズの土偶がレリーフ状に貼り付いた縄文土器。これほどまでにはっきりと全身の姿が描かれたものは他に例がありません。祭祀などに用いられたと考えられています。
エレガントな感性による堂々たる造形
重要文化財 日本遺産「深鉢形土器」
殿林遺跡出土 縄文時代中期後葉 山梨県立考古博物館
表面には粘土のひもを貼り付けて作られた隆帯や、半分に割った竹管状の道具で描かれた条線によって、竪琴を思わせる模様などが施されています。蛇が表現されている可能性があることから、動物と人々の関わりを表す物語を表現しているのかも知れません。
縄文から発想したドレス
岡﨑龍之祐「JOMONJOMON ―Emotion Beat」
2025年
本作「JOMONJOMON」シリーズは、縄文土器から着想を得た作品。岡﨑は縄文土器が古代の人々にとって自然との繋がりを意識し、神への祈りを捧げるために作り出されたものであると考えます。この「祈り」をテーマとし、縄文土器にみられる力強い文様が示す世界観を、現代的な解釈で彫刻作品として表現しました。